「普通になりたかった学生時代」
学生時代の私は、「普通になりたい」と強く思っていました。勉強も運動も頑張って、周りと同じように生きられるようにしたかった。
でも実際は、うまくいくどころか、どんどん自信を失っていきました。
これは、そんな学生時代の話です。
そこそこ楽に過ごせた高校時代
容姿や性格は変えられないかもしれない。
でも、スポーツと勉強はやればできるはず。そう思って、私は勉強と運動を頑張りました。
幸い、運動神経はそこそこ良くて大会で優勝することもでき、高校も偏差値のあるところに入学することができました。
女子校にしたので、容姿のことで傷つくことが減り、ストレスが減ったせいか肌も落ち着きました。
今思うと、この頃が学生時代で一番楽しかったと思います。
本当はこの頃に、「自分は自分をすごく下げて見ている」ということに気づけたらよかったのですが、当時の私は、勉強をしていい大学へ進学できれば人生なんとかなると思っていて、根本の悩みから逃げていたようにも思います。
この頃から、自分で進んで学習するというより、「勉強しないといけない環境に身を置いて、心の声に蓋をして勉強している」という感覚でした。
容姿コンプレックスの再発
勉強を頑張った甲斐があり、大学もそこそこ偏差値のあるところに入ることができました。
しかし、ここでまた容姿の悩みが再燃します。
この頃、ニキビ自体は良くなっていましたが、炎症が長く続いたせいか脂漏性皮膚炎になっていました。(当時も皮膚科には通っていましたが、それが脂漏性皮膚炎だと分かったのは20代後半のときでした。)
化粧で厚塗りしないと隠せない。
隠しても、周りの陶器のように肌が綺麗な子たちと比べると、自分の肌はすごく汚く見えてしまい、とても惨めな気持ちになっていました。
そんな暗い雰囲気をまとっていたせいか、入学してすぐにできた友達たちには仲の良い男性や彼氏がいましたが、私は一人もできませんでした。
いじめられているわけではないのに、なんでこんなに惨めな気持ちになるんだろう。
周りに「仲のいい男性はいないの?」と聞かれるたびに、心の中では泣いていました。
恋愛でさらに自信をなくす
仕方なく男性の友達を作るために、男性の多いサークルを選び、知り合いを増やすことにしました。
そして、その中で好きな人ができました。
その人と付き合いたくて、美容にも力を入れるようになりました。
でも、3年生のときに告白して振られてしまいます。
自暴自棄になった私は、就職活動中に出会った男性と付き合うことになりました。
でも、その人はなかなかひどい人でした。
自分勝手な性格で、容姿が特別いいわけでもないのに、「写真写りがよくなるようにもっと痩せて」と言ってきたり、彼の家に行ったとき、両親が急に帰ってきた際、私は真冬のベランダに裸同然の格好で出されました。
その後、インフルエンザになり寝込みながら、「どうして私はこんな思いをするんだろう」と思いました。
今なら、そんな人と付き合った自分にも原因はあったと思えますが、当時は「さすがにこれはあんまりじゃないか」と思いました。
唯一の勉強までもができなくなる
大学生活の恋愛は散々でしたが、それ以上に、勉強のやる気を完全に失っていました。
今思うと、高校生のときに無理やり勉強をしていたストレスが、ここで爆発したのだと思います。
座学はまだそこそこの点数が取れていましたが、グループ課題や発表は本当にひどかったです。
資料集めや授業時間外の集まりにメンバーが協力してくれないことも多く、結局一人で取り組むのですが、いいものができず、教授に怒られることが多かったです。
人前で話すことも苦手になっていて、自分でも何を言っているのか分からないような話し方をしていました。
数百人の前で、教授に
「大学生にもなって、なんでそんな喋り方しかできないんだ。恥を知れ」
と言われた言葉は、今でも忘れられません。
研究室に入ったときの歓迎会でも、
「君は何ができるの。いったい何なの?」
と言われました。
周りの学生のように、SNSをしたり、自分で何かに取り組んで自分を売り込んだりしてこなかった報いが来たように感じました。
そして3年の終わり、教授には
「君だけ就職先も決まってないし。どうするの。」
と責め立てられながら就職活動をしました。
周りの声がうるさくて、とにかく大企業なら何も言われないだろうと思い、私は早く就職先を決めました。
その後、研究で下についていた先輩が失踪し、企業とコラボしていた研究だったため、泊まり込みで研究をすることになりました。
途中経過の報告書などは提出できましたが、卒論に向けた自分のテーマをどう進めていいか分からない状態でした。
秋頃に失踪していた先輩は戻ってきましたが、聞いても知らんぷり。
教授に相談しても、他の不登校になっている生徒につきっきりで、ほとんど相手にしてもらえませんでした。
そして私は、大学に行けなくなりました。
親に大学をやめたいと言いましたが、さすがに4年の冬にやめるのは…ということで、親が学校に掛け合ってくれ、なんとか体裁だけ整え、遅れて出した卒業論文を発表し、卒業単位だけは取得しました。
情けなくて、ほとんどの知り合いと連絡を切り、友達もほとんどいなくなりました。
物事がどんどん思うように進まなくなる現実
子供の頃の苦しさとはまた違う苦しさがありました。
努力する方向が間違っていたのか、トラブルが起きても自分で考えて対処する方法が分からないのです。いつもあたふたしてばかりでした。
「大学生にもなって、年相応に何もできない自分」という新しいレッテルが自分の中で増えていき、さらに「自分はダメな人間なんだ」と思うようになりました。
この頃から、
- どうせ努力しても無駄
- どうせ結果なんて出ない
- また嫌なことが起きる
- 私は何をやってもダメ
そんなふうに考える癖がついていきました。
未来の私から、あの頃の私へ
大学生の頃はいろんなきつい人がいて、本当に辛かったね。
ここに書き出せないだけで、他にも辛いことがたくさんあったのを私は覚えています。
確かに努力の方向は少しずれていたし、非があった部分もあるかもしれない。
でもあなたは、課題も逃げずに一人でもやりきったじゃないか。
SNSや華々しい経歴で自分を飾っている人たちを羨む気持ちもよく分かる。
でも、そんなものはただ表面を着飾っているだけの人も多い。
未来のあなたは、そんな人たちよりも、もっと有名で、もっとすごい人になっています。
だから、あのときのあなたに言いたい。
「あなたはダメな人間なんかじゃない」と。
子供時代の自信のない自分が、大学時代でさらに悪化し、
「ダメ人間」という気質が、私の中に定着してしまった出来事でした。
こうしてすでに心身ボロボロな私は、行きたくない会社で社会人となり、さらに苦労することになります。
次は、そんなダメ人間になってしまった私の社会人生活について書こうと思います。

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