「人生の分岐点(引き寄せ前)」
ついに3社目も退職した私は、次はどんな会社で働くかを、いつもより冷静に考えていました。
いくらITの仕事が向いているとはいえ、20代で3社も辞めてしまったのは、会社の選び方にも原因があったのではないか。
そう思ったからです。
この頃が、自分の人生に一番向き合っていた時期だったと思います。
公務員への挑戦
勉強はやればそこそこできる方だったので、もしかしたら公務員も向いているかもしれないと思い、勉強を始めました。
有料の記事や本だけでは情報が足りないと感じ、予備校にも通いました。
勉強や論文を書くこと自体は、そこまで苦痛ではありませんでした。
でも、予備校の先生が言ったある言葉が、ずっと心に引っかかっていました。
「勉強して公務員になれれば人生安泰ですし、そこからさらに上の役職を目指したいですよね」
その言葉を聞いたとき、私は心の中で違和感を覚えました。
私は、上に行きたいわけではない。
安定は欲しいけれど、出世したいわけではない。出世よりお金が欲しい。
その感覚が、受験時代に「勉強すれば成功する」と周りから言われ続けていたときの感覚に、少し似ている気がしたのです。
もちろん勉強は大事です。
でも、資格を取っても実務ができなければ評価はされないし、資格手当がついても給料が少し上がるだけ。
それなら、メルカリやオークションで使っていない物を売った方が、すぐお金になるし、やり取りを通して実践的な経験も身につく。
そんなことを考えるようになっていました。
公務員を目指すと決めたときは、副業もあきらめる覚悟でした。
でも、先生の言葉と、もう一つの違和感がきっかけで、公務員の道はやめることになります。
その違和感とは、論文の例文集を読んでいたときでした。
「市民のために」「市民ファーストで」という言葉が何度も出てきて、公務員は市民のために全てを捧げて働く、という考え方を強く感じました。
論文の練習をすればするほど、
「市民のために死ぬ気で働きなさい」と言われているような気がして、少し怖くなったのです。
もちろん、試験だからそう書けばいい、と割り切ることもできたと思います。
でも、私はどちらかというと環境や考え方に染まりやすい性格なので、少し危険な気がして、その道から離れることにしました。
働きやすい職場を求めて
自分は公務員より民間企業の方が向いているとわかり、転職活動を始めました。
ITの経験があったので、3社目のときよりは少し選べる立場になっていました。
受託開発、自社開発、SES、社内SE。
それぞれメリットとデメリットがありましたが、「自分の性格に合うかどうか」で考えることにしました。
仕事はそこそこ挑戦したい。
でも、負担が大きすぎる働き方はもうしたくない。
そう考えたとき、自分にはSESという働き方が合っているのではないかと思いました。
経験者として入ることができ、今の自分の経験でも入りやすいというのも理由でした。
世の中では「SESはやめた方がいい」という意見もたくさんありました。
でもこのときは、周りの意見ではなく、自分がいいと思う方を選ぼうと決めていました。
入社後、派遣先も今の経験をさらに磨ける現場に決まりました。
求められている経験年数には少し足りませんでしたが、経験を積む機会をもらえたのはありがたいことでした。
リーダーでもなかったので、忙しい月はあっても、今までの会社と比べると残業はかなり少なく、ようやく理想に近い働き方ができるようになりました。
結婚
結婚相談所をやめてから、人との出会いをなんとなく避けていました。
でも、仕事が落ち着いてきた頃、「結婚はしなくてもいいけど、恋人はほしいな」と思うようになり、マッチングアプリや街コンに参加するようになりました。
アプリでは5人くらいと会い、街コンにも5回行きました。
みんな良い人で、ありがたいことに私を気に入ってくれる方もいました。
でも、話していて「友達みたいに自然に話せる人」がよくて、いいなと思う人はいませんでした。
今思えば、初対面でそんな相手を探していたのは、少し無謀だったのかもしれません。
5回目の街コンに行くとき、ちょうど親と会う機会がありました。
そのとき、親が小さなお守りをくれました。
「氷川神社の縁結び玉」です。
旅行で行ったときに、有名だからともらってきたとのことでした。
この縁結び玉は強力なお守りで、持ち歩くといいと言われているそうです。
正直、効果があるのかなと思う気持ちもありましたが、親に心配をかけてしまっていることに少し申し訳ない気持ちもあり、複雑な気持ちでそのお守りを持って街コンに行きました。
その日、プロフィールに何も書いていない人と話すことになりました。
今までは、相手のプロフィールを見て、相手が喜びそうな話題を考えて話していました。自分のことはあまり話さないようにしていました。
でも、その人はプロフィールに何も書いていないし、積極的に質問してくるタイプでもありませんでした。
何を話せばいいかわからなくなってしまい、仕方なく自分のことを色々話しました。
「失敗したな」と思いました。
でも、話しやすい人だなとは思ったので、ダメ元でその人を選びました。
すると、まさかのマッチング。
正直、最初は冷やかしかもしれないと思っていました。
でも交際は順調に進み、1年半後、私たちは結婚することになりました。
後から彼に聞いたら、
「街コンを使うのが初めてで、よくわからなかった」
と言っていました。
もし彼がちゃんとプロフィールを書いていたら、私はまた「相手に合わせる会話」をして、自分のことを話さなかったと思います。そうしたら、もしかしたら自分の魅力は伝わらなかったかもしれません。
占いや引き寄せはもともと好きでしたが、効果というより、気持ちを整理するカウンセリングのような感覚で利用していました。
でも、「もしかしたら本当に効果があるものもあるのかもしれない」と微かに思うようになったのは、縁結び玉と夫との出会いがきっかけでした。
引き寄せをまだ信じられていなかったとき
夫は、占いや引き寄せには全く興味がない人でした。
でも、周りの雑音に振り回されない人でした。
嫌な上司がいても、
「そんな人のために本気で仕事なんてしない。何を言われても平気」
と、当時の私には考えられないようなことを言っていました。
ある意味、無意識に引き寄せの考え方ができている人だったのかもしれません。
私は人の意見や環境にすごく影響されるタイプだったので、まずは引き寄せや占いよりもカウンセリングにしっかり通って精神を安定させようと思いました。
でもそこでは、
「もっと努力した方がいい」
「栄養が足りていない」
など、自分に足りないことばかりを言われているように感じてしまい、少し苦しくなりました。
自分が社会でうまくやっていけないのは、自分に足りないものがあるからなのか。
いじめられたのも、自分に足りないものがあったからなのか。
そんな昔のことまで思い出して、いろいろ考えました。
そしてそのとき、初めて思ったのです。
「無理に自分を変えようとしなくていいんじゃないか」と。
犯罪を犯したわけでもないのに、どうしてここまで自分を変えなければいけないんだろう。
そう思えるようになったのは、夫と出会えたことで、少しだけ自分を肯定できるようになっていたからだと思います。
昔書いたノートを見つけた日
そんなある日、月に一度通っていた整体で、担当のお姉さんにこう言われました。
「肌が綺麗だから、オイルが体に馴染みやすくて施術しやすいです」
私は耳を疑いました。
小さい頃からニキビが多く、ニキビは治っても跡が残り、脂漏性皮膚炎で赤みもあり、ずっと肌にはコンプレックスがありました。
でも言われてみると、体の肌は炎症もなく、確かに綺麗でした。
そのとき、ふと思い出したのです。
昔、ノートに「叶えたいこと」を書いていたことを。
家に帰ってそのノートを探し、中を見て、驚きました。
そこには、こう書いてあったのです。
「肌がすごく綺麗になる」
「私にとってすごく気の合う人と出会い、結婚する」
20代前半の頃の私が書いた言葉でした。
当時の私には、頑張っても手に入らないと思っていたことです。
でも結婚は、すでに叶っていました。
肌はまだ叶っていないと思いました。
でも、よく見ると「顔」とは書いていません。
「肌」としか書いていなかったのです。
そういえば整体の方に、体の肌が綺麗だと言われたばかりでした。
もしかしたら、書き方を工夫すれば、顔の肌も変わるのかもしれない。
そう思ったのが、私が引き寄せを本格的にやってみようと思ったきっかけでした。
最後に
引き寄せを始める前の私の話を読んでくださり、ありがとうございました。
①から⑦とここまで長く過去の話を書いたのは、客観的に見てうまくいっていなかった頃の自分を描くことで、引き寄せによってどのように変わっていったのかを、より現実味を持って感じてもらいたかったからです。
今後は、実際に私が行った引き寄せの方法や、変化していった過程について、少しずつ書いていこうと思います。

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